菅野よう子の曲を聴いていて

中国文化に影響される頃からか、戦後の消費生活が多くの人に身に付いてからか、いつからかはわからないが、日本にはよくわからないものを有り難がる文化があるように思える(もしかしたらこれはアメリカなどの漢字ブームや東洋を神秘化する傾向とか、台湾やタイのひらがなブームのように、世界共通なのかも知れない)。それは「消費」というスタイルとタイアップして一つの神秘的なものを見つけてはしゃぶりつくし、果てしない外延的消費を続けていく。以前は英語がそうだったが、今では多くの人がTシャツにプリントされた単語の意味くらいはわかるようになってきたためか、単語やアルファベットをデザインしたような服飾品は随分と減ってきた。代わりにお出ましになったのがフランス語で、フランス語な店の名前やブランド、デザインなどは随分増えてきたように思える。なんたってフランス語は英語より簡単に読めないが、ちょっと知っていれば読めるがよろしいのであろう。なんか高級感もある。中央高地の田舎のおっさんだってフランス語喋っているんだが、そういう問題でもないんだろう。そして最近目にするようになったのがキリル文字である。ラストエグザイルギリシャ語が多用された時は「次はギリシャ語か?」とも思ったものだが、次に来るのはやっぱりロシア語でしょう。これはほとんどなじみないし、造形は色々と面白いし、そう簡単に読めるものでもないが、ちょっと勉強すれば読めなくもない。

その次は…ヘブライ語が来るとみた。政治的状況が変化すればアラビア語が来るかも知れない。あー、もうちょっと知名度が上がるか、誰か仕掛け人が居ればウェールズ語もブームになる可能性大かも。ウェールズ語のあのちっとやそっとじゃ読めそうにない綴りやあの何とも言えない発音、何よりもイギリスの片隅でこれだけ独立した言語がかろうじて生きているという意外感、そしてウェールズに対して日本人が持つ神秘性が決定打でしょう。いつかウェールズ語の時代が来る!

…それで思い出したように「日本語は素晴らしい」といった自惚れブームが来るんだから笑える。言語に優劣なんてつけて楽しいかね。日本語は確かにその組成がウラル・アルタイ系と南方系の、そして中国性単語の「混ぜ物」である分確かに言語学的に見て面白いんだろうけど、後は我々が忘れてしまったものを再発掘して悦に浸ってるだけじゃないですか。